さっぱりした感じを受けるファンタジーです。
これまで長野さんのSF・ファンタジーというと、「自分はどこから来たのか」を人物たちが思い悩み、脱出しようとする(『テレヴィジョン・シティ』など)という流れでしたが、本作は「自分はどこから来たのか」を知らない自覚はありつつも、それを殊更問題にするわけでもなく、日々の暮らしを大切にするという印象。
水は掘らないと出てこない砂漠という舞台や、度々登場する食べ物、受け継がれる編み物や刺繍が、人々の丁寧な暮らしを爽やかで穏やかな印象にしていると思います。今までの長野さんの作品より、湿度が少し下がった感じがしました。
かつ、様々な謎が散りばめられつつも、核心はつかない。穏やかな日常に戻っていく。人物たちの感情も(抑制されているだけかもしれませんが)動きが少ない。それが心地いいので、とても好きな作品でした。
以下ネタバレあり
【登場人物】名前は通称
タフィ:《船》で生まれる。模様を瞬時に記憶できる。胸に聖なる木の刺青がある。旅人が鳥をかきたした(タッシル語で「王をつぐ者」)。→後継者
コリドー:《船》出身。地区の担当官。
年少のワタ:青い外衣を着て、髪を伸ばしている。「小さい子」と呼ばれる特別な存在。
エルジン:元検疫官。筋肉質。蝶やコウモリが嫌い。植物が発する何かを音のように聞いている→コリドーの弟?左手の薬指と小指のあいだから双葉が出て切開した。
アマリア:視察官。
ハイムーン卿:屋敷に住むご隠居。
オルヴィエ:調律師を名乗る男。珍しい黒服を着ている。
エエテル:製本組合の若い男に降りた。
メルレット:ハイムーン卿の家政婦。
メイズ:工房のあるじ。左手の甲に刺青、首飾りをしている。=タフィが幼い頃一緒にいた旅人で、コリドーの弟とすり替えられた子の父親。シャンマノ:縫師。刺青がある。
クロム:編み機を売る商人。
コルドネ:地質調査員を名乗る男
☆白檀の香りがする
《船》が発見される前に降りた異端の人々?子供のすり替えを行っていた。
白い旅人=メイズ:白檀の香り→タフィを灰色の景色(誰かを待っていた)へいざなう
列車で一緒になった中年男
コリドーの年長の友人=メイズ:植物状態の子ども(=コリドーの弟。治すために首飾りをする)がいた。
【動物、植物】
角牛
ゴシキ鳥:紫色で縁起のいい鳥
アンゲル:翼のひろい鳥。
アルム:火をおこす紅い蛇
火喰鳥:火を食べる
シイス:日誌から咲いた花。ワタによると、婚礼の晩に新郎新婦に贈る。《船》の花。
ハトラ:製本組合の若い男が連れている犬。
【種族、役職】
ワタ:政庁から水の管理を任されている役職。外衣を着て顔は隠している。家族ごとに紋様が異なる。名前は身内にしか明かさない。水を自在に操る、与えたものは親和して快楽を得る。かつては谷に住んでいた。別の何かを探していた副産物として、水脈を探し当てるのではとコリドーはいう。
オタ・パル:紙漉き職人
マチェ:後継者。正式な紋章を見ることができる。年少のワタに降りた。→タフィは「マチェ」の名を聞くとトゲが痛むような気持ち。「マチェのための」という図案集がある。
チツァ:髪という意味。マチェの婚約者。アマリアに降りた。
縫師:ワタたちの伝統的な紋様を縫う。
【キーワード】
季節によって現れる湖
髪を切らない
名前を知りたい
ローズマリー:弔いの香り
麝香:雨の匂い
夏至祭
虹玉子
ハミ
コンパスローズ
《船》
7年前に発見され、地上に降りる
友好的
睡眠期がある
適応化教育を受ける
名前は無く、番号しか持たない
人数制限があるため、生殖は管理されている→地上の子供とすりかえが行われていた
適応化の過程で、聴力を奪われる⇔ワタやエルジンは聴覚に優れる
〈家族〉
航海士、海図室に入れる。
全員が血縁者で、男子は身体的な特徴(左手に第6の指がある)を持つが、下船のさいに切り落とした。
→タフィが最後に思い出した話とリンクする。《船》に人々が住み始めたきっかけになった、左手からつる草を芽吹かせた人物の末裔が〈家族〉?
コリドーは〈家族〉であり、十四歳で家出(地上に降りる)。
弟がいたが、地上の子供とすり替えられ行方不明。
→家出先の海辺の家にいた、植物状態の人物が弟であった=エルジン
エルジンは木管編みの記号(kを含む記号)を用いることからも、〈家族〉であると考えられる。
コリドーの足首の刺青は蛇に咬まれた=家出したときのもの?
人格が乗り移る
タフィの家を訪れた人々には、別人格が宿ることがある。つる性の植物に同調している。タフィは耐性があるのか、何も起こらない。
マチェ:後継者。正式な紋章(編み機のカタログのものに似ている/碇と蛇と船)を見ることができる=見ると地が動く。(ワタはこれを風穴で教えられた)年少のワタに降りた。
チツァ:髪という意味。マチェの婚約者。アマリアに降りた。
エエテル:製本組合の若い男に降りた。
白い色
・年少のワタの髪の色
・旅人:白毛、貝殻の首飾り
・白い家
・鳥の羽
・白い花
・鳩
・白い外衣:女性の着るもの
・白い虹=蛇の化身として尊ばれる。
・白い蛇→ワタが戯れていた。船の惣領の服。
白い紙を漉く土地、糸も白い。鳥の言葉を操る
<図案室>
・選ばれたもののみが入ることができる?ワタは遠くから見ることしかできなかった。座長に似た女は入ることが出来る。
・《船》のなかと云われた
灰色の景色
タフィは白檀の香りが灰色の景色(冬)に結びつく。
タフィは灰色の景色で人を待っていた。
→白檀の香りは異端分子の人たちの香りとされ、《船》と地上の子をすり替えていた。タフィもその一人かもしれない。地上で過ごした記憶を失くしただけで、もとは地上の子・父親はメイズ?
白毛の人は、タフィの髪がやがて銀色になり、《船》をおりたら会いに来いと云っていた。
ワタが夏至祭で「かぎ針で糸を編み…」
「金の糸でへりをかがり…」:船の始まりの伝説のようなもの。痕跡を残さないために、文字ではなく模様で伝言する。